メンタル・デトックスな1枚

最近、夜寝る前にぼんやりと聴いてるCD。


エリザベス朝のヴァージナル音楽名曲選

エリザベス朝のヴァージナル音楽名曲選


ピアノとはたいへん不思議な楽器で、一台でオーケストラに匹敵するだけの音域と表現力を持ちつつも、あるいはそれがゆえに、例えば「このレガートは弦楽器みたいにうたわせて」「ここはフルートのソロのように軽やかに」「この和音は、トランペットのファンファーレのつもりで」なんていう感じで、他楽器の音色を模したような表現を要求されることがとても多いのですね。
一台でなんでもできるがゆえに、ピアノにしか出せない〝音色〟にこだわったピアニストというのは案外少ないもので、ってこれ評論家のどなたかがどっかに書かれていたことの受け売りなんですが(笑)、ちなみにその評論家の方が、その数少ないピアニストとしてあげていたのがグールドとベネデッティ=ミケランジェリホロヴィッツ。んーグールドとミケランジェリは納得だけど、ホロヴィッツはどうかねえ。ホロヴィッツは、ピアノで出来ることはすべて極限までやりつくしてしまったピアニストだが、音色のみに絞ってみると、それほど〝ピアノにしか出せない〟ものにこだわってたような気はせんのだがな。閑話休題
で、グールドですが、この人の音源というのはほんとにどれを聴いてもピアノの音しかしない。他の楽器の音色が透けて聴こえるということが一切ない。ああ、これがピアノの本来の音なのねとなぜか納得してしまう。
ものすごく硬くて、切り立ったような音色。よけいなビブラートいっさいない。なんですが、なんとなく木目の手触りが残っているというか、不思議な音だなあと思うのです。ミケランジェリはどこをどうしてもガラスとか水晶なんだけど。もうちょっとこう、自然に近い感じがするなあグールドは。とにかく聴けば聴くほど耳にこころよいというか、たいへん波長の合う音です、私にとって。
このアルバムは、もう10年来愛聴している1枚で、グールドの音源の中でもとりわけ好きなアルバムなのですが、ていうかあれだ、1番好きかもしれんな(笑)。必要最小限の音しか鳴っていない、吟味し、凝縮し、そぎ落として、そうまるで17文字にすべてを託した、俳句のような音楽です。寝る前に聴くのは、つまり単純な意味で眠気を誘うからではなく(笑)、なんというかクールダウンさせてくれるのですねこのストイックな音世界は。鎮静効果。ベッドに横になり、このCDを再生すると、高ぶっていた神経が、すうっと静かに冷えていくのがありありとわかります。ついでに、全身の血液の流れがなんかスムーズになるような気がします(笑)。本当に、素朴で、つつましやかで、清澄なポリフォニー。高きから低きに向かってさらさらと流れる清水の音を聴いているみたい。
私が死んだら、葬式の時にはぜひこのアルバムを流して欲しいものです(笑)。お焼香とか出棺の時とかは爆音ロックンロールでけっこうですが、焼き場にいれられる時にはなにとぞこれでよろしく。この美しい音楽とともに、煙になりたいものだ。ちなみに、グールドの全オリジナル・アルバムの中でも比較的地味なこの作品にそもそもめぐり会えたのは、この『images』という2枚組ベスト盤のおかげ。これのDISC2に収録されている、ギボンズ作曲の『アルマンド』という曲はそれこそ神曲です。





私が所有しているのは、それはそれは美しいデジパック仕様のフランス盤なのですが(国内盤は、2枚組プラケース仕様)、あんまり聴きすぎたおかげですっかりボロくなってしまった(失笑)。DISC1がバッハ、DISC2はバッハ以外、という編集でたいへんわかりやすいです。で、またこのバッハ以外の選曲がいいんだ。写真もたくさん載ってるし、私見では、グールドを最初に聴くならまずこれですな、いきなりゴールドベルク聴くよりも。これか、『リトル・バッハ・ブック』。ちなみに私はゴールドベルク、55年盤と81年盤では、前者の方が好みです。いつ聴いても新鮮。(81年盤も好きですけどね)